洋服が売れない、決まったものしか買ってもらえないと言われて久しい。この記事では「AIを使って洋服選びに迷っている人に服を売る方法」を解説する。この記事を読めば、会社にIT人材がいなくてもAIを使って服を売る仕組みを構築できるだろう。記事のターゲットになるのはIT専門人材がいない会社のアパレルマーケターである。少し難しい用語も出てくるが諦めずに読んでいただきたい。
目次
「定番しか売れない」アパレルメーカーの苦悩
アパレル業界の人からよく「定番の服しか売れない」「みんな同じ服ばかり買っていく」という声を聞く。プロがさまざまな工夫をこらし、シーズンごとにマーケティングキャンペーンを行っているのに、まったく伝わらないというわけだ。
試しに「シロウト」がプロトタイプを作ってみた
こちらとしても何がわからないかわからないのだがそれではラチがあかないのでデータを集めてみた
しかし、ファッションがわからない私のような人間から見ると「一体何が提案されているのかさっぱりわからない」のが正直なところである。そもそも何がわからないのかすらわからない。そこで毎日のファッションをスナップ写真にして記録・収集することにした。これを「正規化・定型化されたデータの集積」という。AIで解析させるための最初の一歩である。
データの構造化で一苦労
しかし、これをどうまとめていいか分からない。つまりデータを蓄積したものの構造化ができない。ちなみにこれ(データ収集と構造化)が「AIが使えない企業」が陥る問題の多くを占めている。
なぜ構造化ができないのか。それは、そもそもファッションに興味がないからである。そこで、とりあえずカードにまとめてみることにした。だが、ファッションにはさまざまな要素がある。形、色、素材、服のテーマなどなど。ChatGPTでまとまりを解析してもらったところ、6軸を一つのテーブルにまとめようとしていたようである。しかしChatGPTは「まとめ方」の一般的なアドバイスはくれたが、それ以上のことは教えてくれなかった。
Geminiは魔法のように動かないコードを動くアプリに変えてくれた
とりあえず、昔まとめるために作って放置しておいたWebプログラムを動かしてみることにした。Geminiにコードをフィードして「なぜ動かないのか」を教えてもらった。Geminiは開発者(つまり私自身)が忘れていた仕様を解説しながら、モダンな形にシステムを組み直してくれた。実はこの時点でGeminiに「仕様書」をフィードしているのだが、このときは気が付かなかった。

モックアップを作って始めて「構造の欠陥」に気がつく
一晩プログラムを寝かせて、あることに気がついた。実は「カード」は部品であって、全体像ではないのではないか。そこでカードの上に「ワードローブ」という概念を置くことにした。これが正解だった。つまり、足りないのはカードの分類法ではなく、カードのコンテクスト(文脈)だったのである。Geminiに数行「ワードローブという概念を付け加えたい」と入力したところ、データベースとUIを作ってくれた。
実はこれが新しい開発手法(概念探索型アジャイル・問題発見型開発)
かつてのシステム開発は、まず仕様書を固め、見積もりを取り、その後に実装へ進む「ウォーターフォール型」が一般的だった。完成形を事前に定義し、それに向かって順番に積み上げていく手法である。
しかしこの方法には前提があった。企業側にある程度のIT理解がなければ、適切な仕様を定義できず、見積もり工数は膨らみ、開発費は不透明になる。何を作るのかが曖昧なまま外注すれば、コストだけが増えていくという問題を抱えていた。
ところが、AIによって実装コストが劇的に下がった現在、状況は変わりつつある。非IT人材でも自ら手を動かし、試行錯誤しながらプロトタイプを作れるようになった。完成形を最初に固定しなくても、触りながら「何が欲しいのか」を発見できる。
これは単なる「行き当たりばったり」ではない。仕様を後から確定させる探索型の開発である。実装が民主化されたことで、従来のように厳密な工程定義から始めなくても前に進めるようになった。だがそれは、開発手法が不要になったという意味ではない。むしろ、構造をどう設計するかという思考の重要性は高まっている。
かつては「何を作るか決める人」と「作る人」が分かれていた。いまは、考える人がそのまま作れる。だからこそ問われるのは、技術力そのものよりも、構造を見抜く力である。
企業にIT専門人材が不要になったのではない。実装専門の役割が縮小し、設計と概念整理の力がより価値を持つようになったのである。思考と実装の距離がほぼゼロになった時代。開発は、計画から始まるものではなく、探索から始まるものへと変わりつつある。
便利な世の中になった。ただし、その分だけ、思考の精度はごまかせなくなった。
ユーザーがワードローブを構造化できないからプラスアルファの服が売れない
SNSの登場によってあなたのメーカーのルックは断片化されている
「プログラミング」が苦手な人は、「自分は服の売り方を知りたいのに、なぜ延々とデータ階層の話を聞かされるのだ?」と思ったかもしれない。だが実は、これこそが服が売れない理由を説明している。アパレルメーカーは季節ごとに「コレクション」を展開する。これがカードである。ところがカードはバラバラに展開される。またユーザーは一つのメーカーのコレクションだけを追っているわけではない。さらにSNSの登場によって、コレクションの中のルックは分解され、InstagramやPinterestなどで切り売りされている。
さらにファッション雑誌がノイズを加えて情報を空間を汚染している
アパレルメーカーのマーケティング担当者は「自分たちはきっちりと情報発信している」つもりなのだろう。しかし実際には、ユーザーの手元に届く頃にはそのメッセージは分解されている。そればかりか、ファッション雑誌が「ハズし」のテクニックを披露する。これもユーザーにとってはノイズになっている。ユーザーは多すぎる選択肢に疲れ果て、「自分の知っているルール」で服を買うようになってしまう。
プログラミングはできなくても大丈夫 だってAIがやってくれるから
しかし、そうは言っても「うちにはIT人材などいないからなあ」と思う人もいるだろう。だが心配は無用だ。昔作った壊れて動かないコードをGeminiなどのAIにフィードすれば、プログラム自体は簡単に作ることができる。おそらく「こういうことがやりたい」と指定すれば、ChatGPTやClaudeでもプログラムを作ることは可能だろう。ユーザーがPHPやJavaScriptを覚える必要はない。
しかし人間がやらなければならないところもある
では、AIにすべて任せても構わないのか。今回実際にやってみて実はそうではないと気がついた。
今回は「データ=毎日のコーディネート」の準備は人間が手作業で行っている。仮にAIがすべてのコーディネートを分類してくれるのであれば、それはそれで楽だろう。しかしAIには「このコーディネートは気に入ったが、これは失敗だった」という判断はできない。さらに、コーディネートをカード(コレクション)やワードローブに分類することはできても、ユーザーがそれを気に入るかどうかはわからない。ここで重要なのは、デザイナーやマーケターが試行錯誤できるユーザーインターフェースを作り、「データ構造化」にかかる時間を減らすことである。これがいわゆる「生産性を向上させる」ということだ。AIで生産性を向上させるというと「プレゼン資料をサクッと作る」ことを想像しがちだ。しかし実際の生産性向上とは、「人間がやるべきことに集中できるよう、機械でもできることは機械にやらせる」ことを意味する。今回のプロジェクトでは「プログラミング工程」と「整理工程」である。
実際にワードローブが構造化できるとAIで何ができるか
ここまでの作業を経て「ワードローブ」が完成した。一旦完成すると、どんなことができるのか。実際にGeminiに聞いてみた。まず最初に「完成した」ワードローブをPDFにしてGeminiに渡した。
ファッションマーケターの人は「え、こんなくだらない(簡単な)ことがユーザーはできないの?」と思うかもしれない。実はそうなのだ。こんな簡単なことができないユーザーは結構多いはずだ。
ある程度完成したワードローブ

言語化
ご提示いただいたドキュメントに基づき、このワードローブの構成テーマを言語化すると、「スリムボトムスを軸とした、クリーンで汎用性の高いタイムレス・カジュアル」と言えます。
具体的には、以下の3つの要素で構成されています。
- スリムシルエットを基調としたスタイリング
- このワードローブの最大の特徴は、タイトルにある通り「スリムジーンズ」や「スリムパンツ」を全てのコーディネートの土台(軸)に置いている点です。ボトムスの固定: スリムなラインを維持することで、全体のシルエットをスマートに統一しています 。
- カジュアルからトラッドまでの幅広いアウター活用
- スリムジーンズに対し、印象の異なるアウターを組み合わせることで、日常の様々なシーンに対応させています。トラッド/きれいめ: Uniqloのチェスターコートを合わせる大人っぽいスタイル 。スポーティー/アクティブ: Polo Ralph Laurenのナイロンジャケットを合わせる軽快なスタイル 。
- トップスによる季節感と表情の変化
- インナーの選択によって、シンプルながらも変化のあるワードローブを構築しています。
- シャツ: きちんと感のある「Shirts with Slim」の組み合わせ 。
- Tシャツ: 最もベーシックな「T-Shirts with slim Pants and Jeans」 。
- アクセント: 個性を出す「Graphic T-Shirts」を用いた遊び心のあるスタイル。
- インナーの選択によって、シンプルながらも変化のあるワードローブを構築しています。
まとめ
このワードローブは、流行に左右されにくい「スリムなボトムス」という型を一つ決めることで、手持ちのアイテム(コート、ナイロンジャケット、シャツ、Tシャツ)を迷わず、かつ効果的に着回すための「基本の型(ベーシック・スタイル)」を定義したものと捉えられます。
提案
- シルエットの上下に強弱をつける(オーバーサイズ・ハズし)
- 現在の構成はスリムジーンズに、チェスターコートやナイロンジャケットを合わせた整ったラインが主流です 。
- 提案: トップスに、あえて2サイズアップしたスウェットや、ドロップショルダーの肉厚なニットを合わせます。
- 効果: 「上下スリム」のストイックな印象から、上半身にボリュームを持たせた「Yラインシルエット」に変化し、リラックスしたストリート感を演出できます。
- 足元で「品」や「季節感」を裏切る(足元のギャップ・ハズし)
- Tシャツやスリムパンツといったベーシックな組み合わせに対し 、足元でカテゴリーの異なるアイテムを投入します。
- 提案: Tシャツ×スリムジーンズという極めてカジュアルな構成 に、スニーカーではなく「ビットローファー」や「サイドゴアブーツ」などのドレスシューズを合わせます。
- 効果: ラフな格好に足元だけ「大人っぽさ」を置くことで、計算された違和感(ハズし)が生まれます。
- グラフィックを「見せる」から「覗かせる」へ(レイヤード・ハズし)
- ワードローブにある「Graphic T-Shirts」 を主役にするのではなく、あえて「引き立て役」として活用します。
- 提案: ユニクロのチェスターコート とシャツ の間に、あえてグラフィックTシャツをインナーとして挟み、首元からプリントを少しだけ覗かせます。
効果: きれいめな「シャツ×コート」のスタイルに、グラフィックのカジュアルさが加わり、キメすぎない「遊び心」のあるスタイルに昇華されます。
欠損のあるワードローブ
次に欠損のあるワードローブを渡してみた。

現状の言語化
確かに、現状のリスト(レザージャケット 、ウールジャケット 、Tシャツ )だけでは、「夏から秋への移行期」や「真冬の防寒」、そして「ボトムスのバリエーション」において、オールシーズンを網羅するには不足している要素があります。
具体的に足りない要素は以下の3点です。
- 中間層(ミドルレイヤー)の不在
現状は「重めのアウター(レザー・ウール)」と「Tシャツ」 という極端な構成です。- 足りないもの: カーディガン、スウェット、または薄手のシャツ。
- 理由: 春先や秋口など、ジャケットを脱いだ際にも「アバンギャルド」な世界観を維持できるトップスが必要です。
- 重防寒アウター(真冬用)の不足
- ウールジャケット やレザージャケット はスタイリッシュですが、氷点下に近い真冬の屋外では保温性が足りません。
足りないもの: ロング丈の厚手コートや、デザイン性の高いダウンウェア。 - 理由: アバンギャルドなテーマに沿った、ボリューム感のあるシルエットの外着を加えることで、冬のスタイリングが完結します。
- ウールジャケット やレザージャケット はスタイリッシュですが、氷点下に近い真冬の屋外では保温性が足りません。
- ボトムスの定義
- このリストにはトップスの記述はありますが、合わせるべき「パンツ」の指定がありません 。
- 足りないもの: ボトムス(ワイドパンツ、ダメージデニム、あるいは変形スラックスなど)。
- 理由: 「アバンギャルド」を完成させるには、上半身の強いアイテム(レザーやサンローラン) に負けない、主張のあるボトムスが不可欠です。
具体的提案
現在の「アバンギャルド」なワードローブ(Zaraのレザージャケット、Yves Saint Laurentのウールジャケット、アバンギャルドなTシャツ)にある「極端な厚さ・薄さ」のギャップを埋め、オールシーズン対応させるための3つのアイテムを提案します 。
- デザイン性の高い「変形ワイドスラックス」
- 現在のリストにはボトムスの記載がありません 。
- 役割: ZaraのレザージャケットやYSLのウールジャケットといった強いアウターに負けないボリューム感を下半身に持たせます 。
- 効果: スリムジーンズ主体の基本コーデとは対照的な「Aライン」や「Hライン」のシルエットを構築でき、一気にアバンギャルドな雰囲気が完成します。
- シアー(透け感)素材の「ハイネック・インナー」
- Tシャツ(夏物)とジャケット(冬物)の中間を繋ぐアイテムです 。
- 役割: 春先や秋口のレイヤード(重ね着)として、ジャケットのインナーに差し込みます 。
- 効果: 肌やインナーのTシャツをあえて透けさせることで、モード特有の「違和感」と「色気」を演出し、季節の変わり目の温度調節も可能にします 。
- Tシャツ(夏物)とジャケット(冬物)の中間を繋ぐアイテムです 。
- アシンメトリーな「ロングジレ(ベスト)」
- 真冬の防寒と、単調になりがちなスタイルのアクセントを兼ね備えたアイテムです。
- 役割: YSLのウールジャケットの上、あるいは下に重ねて、丈の長さに変化をつけます 。
- 効果: 袖がないためレザージャケットとの相性も良く、手持ちのアイテムの印象をガラリと変える「ハズし」としても機能します 。
「少し足りない=惜しい」スキームを渡したほうが、より面白い提案が得られることが分かる。
まとめ
ポイントとプロジェクトの狙い:ユーザーに指南書を差し上げることで「お客様が主役」の買い物がやりやすくなる
今回のポイントは、「洋服がわからない人」にあらかじめデータを持っておいてもらうことで、自分たちが主体的に「次に欲しいもの」を選び取れるようにする点にある。「買わされている」「選ばされている」よりも、「自分で選択した」という感覚をお客さんに味わってもらうことができるということだ。

必要な工程
では次にITの専門家ではないひとが、AIに渡しやすい形でデータ(コーディネート)を構造化されたワードローブにするまでのシステム工程を抜き出してみた。
まず行うのは、コーディネートをそのまま一つの完成形として扱うのではなく、構成要素に分解する作業である。トップス、ボトムス、シューズといった表層的な分類だけでなく、それぞれが担っている役割(主役・調整役・バランス要素など)を明確にする。
次に、それぞれの要素に文脈情報を付与する。季節、シルエットの方向性、素材の重さ、色のコントラスト、着用シーンなど、スタイルを成立させている条件を書き出す。ここでは「何を着ているか」よりも「なぜ成立しているか」を言語化することが重要になる。
その後、重複している情報や曖昧な表現を整理し、役割ごとに再配置する。個別のコーディネートに属していた要素を、ワードローブ全体の中の構成単位として再定義する段階である。これにより、単発の着こなしが「再利用可能なパターン」へと変わる。
最後に、それらをワードローブという上位概念の中に組み込み、関係性を明示する。どの要素がどの文脈で組み合わさるのか、代替可能な選択肢は何か、構造として矛盾がないかを確認する。
この工程を経ることで、コーディネートは単なる記録ではなく、AIが扱える設計図へと変換される。
今のAIはテキストだけでなくビジュアルも扱える
本来AIはテキストベースで情報を処理するため、理想的にはコーディネートの構成要素や関係性を言語化して渡すほうが精度は高い。しかし、実務の現場ではまずルックブックを編集するようにビジュアルで整理する方が自然だろう。
そこで重要なのは、「すべてを完璧に言語化すること」ではなく、「AIが再利用できる形に変換すること」である。まずはどの情報がデータとして扱えるのかを明確にし、編集者として構造を決める。そのうえで実装はAIに任せればよい。
ビジュアルのままでは分析はできないが、構造化されたワードローブになれば、傾向の抽出、パターンの再現、ターゲット別の最適化が可能になる。ここにマーケティング上の価値が生まれる。
最低限の環境整備は専門家に任せてもよいが、どの視点で構造を設計するかは、マーケター自身が握るべき領域である。
社内に散乱するデータを「マーケターの資産」に変えよう
最終的に重要なのは、ビジュアルを否定することではない。感性から生まれるルックは、ブランドにとって不可欠な表現資産である。しかし、そのままでは蓄積も分析もできない。構造化されたワードローブへと翻訳した瞬間、それは戦略資産へと変わる。
AIは魔法ではない。だが、構造を与えられたデータに対しては、驚くほど忠実に働く。だからこそ、まず設計を握る。何を要素とし、どの文脈で意味を持たせるのかを決めるのは人間の役割だ。
ビジュアルを生み出す力と、構造を設計する視点。この二つが接続されたとき、ファッションは感覚だけでなく、再現可能な戦略になる。それが、ワードローブを「構造」として扱う意味である。

コメントを残す